2008年04月15日

FC東京のマスコット --その2--

 Jリーグ(J1)で唯一「マスコット」が存在しないFC東京がマスコットを作る、というのは先日書いた
公式サイトのアンケートでも「マスコットが必要か? はい/いいえ」と問いかけていないということは、作るんだろうな。現況Jリーグを含む日本のスポーツ界を見渡して、公式マスコットを作って2次元のみで使用するとは考えにくい。「着ぐるみ」もつくるんだろうな、自然な流れとして。

 その関係で「着ぐるみマスコットぞろぞろ!」本紹介のページにアクセス数が増えた、というのも先日書いた通り。アクセスしてくれた人が本を買ってくれたかどうかはわからないけれど、「マスコット、特に着ぐるみマスコットが必要かどうか? 誕生させるならどんな着ぐるみマスコットがいいのか?」と考えるときにほんの少しであっても何か参考(反面教師含む)に使ってもらえたら嬉しい。

 ではFC東京のサポーターの人が「マスコット」誕生をどうとらえているのかなあ?とざくっとブログ検索をしてみたら、実に多くの人がマスコットについて意見を書いていた、「不要論」も含めて。

 そんな中でヒットしたブログのひとつがこちら「青赤自転車でいこう。」さんのエントリー。 この方は「ぞろぞろ!」を購入して読んでくださった方。(Thank you very much!!)

ブログを読んでいて、深くきちんと「着ぐるみマスコット」を(ちゃんと記述してないにも関わらず)読みとって下さっていて、感激して涙がでそうになった。(まさに感涙。)
 こんなことを書くと「自画自賛」と取られかねないけど、違いますよ。私の本なんてヘッポコなんですから、私はどうでもいいんです。たまたま書いたのが私であって、素晴らしいのは本の主役の「着ぐるみマスコット」なんですから。

「着ぐるみが生み出す場の空気」が素晴らしいってこと。「着ぐるみが作り出すスタジアムの雰囲気、クラブやサポーターをとりまく雰囲気」って「イイよなあ」という事。

 どうも日本のスポーツマスコットはまだ「デザイン重視」「存在さえしてればいい」止まりがとても多いように見受けられる。
デザインには色々と意見があるけれど、作ったからには動くわけで「どうパフォーマンスさせるか?」は非常に重要なポイントであるはずなのに、そこについてに考慮しているようには見受けられない。

 確かに観客の中では着ぐるみがノタノタ歩いているだけで「カワイイ〜!」と満足する向きが多くなってしまっているようだけれど。実際はそんな「マニア萌え」の範疇に収まるものでは無いはず。
(「着ぐるみ好き」なマニアは何を見たって「カワイイ〜」って言うんだから、その方面の意見はさして重要だとは思われない。チームが連敗していようと降格しようとスタジアムに足を運ぶ人は運ぶ、だから「観客増員計画」するときにそういう人に意見を聞いても良いアイデアが出てくるかどうか怪しいのと同じで。)

 パフォーマンス次第でいくらでもキャラクター(性格)は膨らませられるわけですよ。なのに、どうしてそこがおざなりなんだろう?
 定期的に活動の場があるんですよ!コミュニティ活動もあるけれど、そこで活きるためにはスタジアムで試合の日に見た人に何かしらの好印象を与えなければ、ただのお飾り。下手したら「いないほうがマシ」なお飾りになりかねない。
 その「定期的な活動の場」は言うまでもなくホームスタジアムでの試合。
 スタジアムで試合を見た事がある人なら「試合」というものがいかに「水物(ミズモノ)」であるかを痛いほど知っている。心のメーターが振り切れるほど興奮し、歓喜に酔う。かと思えば文字通り「砂を噛む」思いや、悲しかったり辛かったりもする。
 そんなありとあらゆる感情が渦巻いている場所で「ダンス」とか「曲芸」という事前に準備する「出し物」ではなくて、その場にいる人達に状況を察してのリアクションがとっても重要だと思うんだけど。どんな試合運びになるか、どんな雰囲気になるか、その時になるまで推し量れない。やはりそこは「臨機応変な対応」ができる着ぐるみは強みだと思うわけですよ。

 喜びの瞬間には一緒になって喜ぶ、不機嫌で殺伐としているならば和ませる。和ませるというのは空元気出して場を茶化す事だけじゃない。クラブを愛してればこそ、一緒に落ち込んでる姿を見せるだけでも充分だと思う。 場に合わせて機転を利かせることが大事なんじゃないのかな?

 パフォーマンスというとどうして「出し物(宴会芸)」みたいなのになっちゃうんだろう?ダンスしたり一輪車に乗ったりして見せてくれる事が着ぐるみが出来る「雰囲気作り」の重要項目のトップじゃないはず。
「ダンス」なんかの出し物の準備に追われて出てこないより、入場待ちしてる人のところに出てきたり、試合前、ハーフタイム、試合後にはスタンドに必ず出没する、そんなサービスのほうが「着ぐるみ好き」といういささかマニアックな人達ではなくサポーター全体に「ともだち(仲間)」と意識してもらえるんじゃないのかな。

 まずは「中に人なんかいない!」とカマトトぶってないで「中に入る人」を厳選してほしいな。
 本当は一人の人が通して「演じる」ことでキャラクターがはっきりするし、パフォーマンスも向上すると思う。なかなか難しいとは思うけれど。
 本には書いていないけれど、ある着ぐるみの中の人は「着ぐるみの中に入っててどれだけ人を喜ばせているのかな?」と、自分の実力が知りたくてユーロディズニーが公募したミッキーマウスの中に入る人に応募、ヨーロッパ各地から集まった応募者数百人のなかで最終選考まで残った。ほかに残った人はみな大学などの「演劇専攻」や「劇団所属」などのパフォーマーばかりだった、という話。ズブの素人だって(もちろん素養はあったんだろうけど)そのくらいのレベルになっちゃうくらいでないと。
 デザインには誰かに依頼するなり、公募を選考する、そして制作費などいろいろお金をかけて準備するのに、じゃあ出来上がったものには「バイト君で」とか「今日は誰々さんにボランティアでおねがいして、来週は入ってくれる人いるかな〜」なんて...
どうして最後の大事な詰めが杜撰になっちゃうんだろ?いいのかな?ほんとにそれでいいのか?そんな人に任せて一緒に試合を一喜一憂してサポーターやクラブと一体感が出せるのか?


FC東京さんは「首都」という誇りもあるわけだし、Jリーグの着ぐるみマスコットとしては後発なわけだから、他のクラブがおざなりにしている部分をきっちり見直して魅力的な「着ぐるみマスコット」を生み出して欲しい。

「あっ!」と驚くマスコットを期待してます、FC東京さん。
他のクラブのサポーターが「やられた!」と思うものを、ぜひ。

追記)東京FCのサポーターの中には「マスコットはいらない」という意見の人がいるけれど、たぶんそれは既存のJリーグのマスコットが「クラブの販促物のひとつ」の域を出ていないので「マスコットってあんな程度のもんだろ?だったらいらない」と思われてるはず。
 別に着ぐるみの活動に規則や制約があるわけではないので、まず、他のクラブのと同じ様な事をするものを作る、という概念をとっぱらって考えて欲しいなあ、と思います。

※ここで述べている「着ぐるみマスコット」はスポーツマスコットのこと。少なくとも隔週にはホームの試合があって、活躍する場が定期的にあるもの。イベントものや各地のキャンペーンものは「レギュラー出演」の場が無いので、これはまた別。



東京FCマスコットその後>>> 2008.12.2 
http://dillo.sblo.jp/article/23735771.html
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